ヒトES細胞はいずれ胎児へと成長していく途中の段階である初期胚に手を加えることによって初めて得られるものです。初期胚のとらえ方には、細胞の集合体にすぎないという考え方もあれば、受精した段階から人間としてとらえるべきであるという考え方もあり、その利用には議論のあるところです。このためヒトES細胞を研究、治療へと利用していくためには、さまざまな生命観を持つ人たちが集まる社会の声に耳を傾けながら、明確なルールのもとに行われることが求められます。世界各国でも、ヒトES細胞の作製を認めていないドイツのような国から、ヒトのクローン胚研究を認めているイギリスまで考え方はさまざまです(ヒト胚性幹細胞を巡る各国の動き)。アメリカではさまざまな意見が存在する国民の声に配慮がなされ、2001年の大統領令によって、ヒトES細胞を使用した研究への公的助成を認めましたが、使用するヒトES細胞はすでに作られているものに限り、新たなヒトES細胞の作製を認めないことになりました。現在までに作製されたヒトES細胞は78株あります(NIH Human Embryonic Stem Cell Registry)
 

 日本においては「ヒトES細胞に関する樹立と使用に関する指針」が2001年9月に出され、ヒトES細胞の作製と基礎研究への利用が認められることになりました。研究利用については不妊治療の際にできた凍結胚のうち、夫婦から研究利用へ無償による提供についての同意が得られた場合のみ使ってもよいということになりました。
 この指針を受け、文部科学省は2002年4月、京都大学の中辻憲夫教授が申請していた、ヒトES細胞作製の計画を承認したのに続き、同じく京都大学の中尾一和教授らのグループが申請していたヒトES細胞から血管の内皮細胞や壁細胞に分化できる細胞を取り出し増殖因子などを使って血管を再生させる研究の実施を承認しました。
  生命の発生や遺伝などの研究が進んできたことで、かつては生命の神秘としてとらえられてきたできごとのいくつかが科学的に解明されようとしています。さまざまなことがわかってくることによって時代とともに人々の生命観は変わり、個々人の価値観も多様化しています。生命倫理という問題をとってみても考え方は人それぞれでしょう。あらゆる立場の人の意見を束ねることは難しいかもしれませんが、議論を続けていくことは可能です。そのためには研究者がどのような研究を何のために行っているのかを説明し、社会に対し情報を伝えていくことが求められます。
 今後、再生医療に関する研究が本格化するにあたって、研究者、医療従事者だけでなく広く市民がさまざまな立場の人に思いを致しながら再生医療について知り、語ることこそが、より多くの人が安全に再生医療の恩恵を受けられるようになるためにも必要です。

 
 
1.はじめに2.胚から作り出されるES細胞3.多能性と自己複製能力
4.進む治療への応用研究5.研究における課題6.研究推進に必要な社会との対話