幹細胞に関する研究は、再生医学や再生医療の根幹をなす研究ですが、研究をはじめようとするときの最大の問題点は、素性のはっきりした幹細胞を手に入れることであるといわれています。またアメリカでは、国内の研究機関に現存する60種類余りの幹細胞株を使って行われる研究に限って、政府の研究補助金が認められます(→ブッシュ大統領演説)。国内の研究者は建前上はこれらの幹細胞株を自由に手に入れられるはずですが、実際には譲渡に当たっての幹細胞株に関する権利関係や「譲渡料」などの複雑な問題、それに事務手続き上の問題がからみあって、ほしい細胞株があっても容易に入手できないという指摘が専門誌でも繰り返しみられました。  
   
 
 そんななかScinece誌9月13日号に、イギリスでの話として、Pioneering Stem Cell Bank Will Soon Be Open for Deposits(初の幹細胞バンク、まもなく開設へ)と題するニュースが載っていましたので、それを紹介します。

 それによると、9月9日に英国医学研究協議会(U.K. Medical Research Council)が、ヒトの胚ならびに胎児や成人の生体組織から作り出された幹細胞株を集めて配布するための、新たな幹細胞バンクを設立する契約を結んだと発表しました。この幹細胞バンクを実際に運営するのは、ロンドン郊外にあるThe National Institute for Biological Standards and Control(NIBSC)と呼ばれる国立の機関で、本来は血液製剤、ホルモンをはじめとするさまざまな医薬製品の安全性と安全基準について監督する機関だそうです。幹細胞バンク設立のための予算として今後3年間で約50億円が割り当てられます。
 
 
   
   
   幹細胞バンクでは、糖尿病やパーキンソン病といったさまざまな病気の治療への応用が期待されている幹細胞株を、できる限り多種類集めることを目指しており、例えば、将来どのような患者の免疫系にも適合できるだけの幹細胞株を集めるとすれば、その数は4000種類に達するといわれています。また幹細胞バンク自体は細胞株に関する研究は行いませんが、この分野で欠けているさまざまな種類の幹細胞の培養や分類のための基準の確立に取り組む予定です。  
   
   幹細胞バンクが動き出すと、「イギリスが幹細胞の研究分野で他国をリードする可能性」が出てきます。上述のように、現在アメリカでは新たな胚幹細胞の研究のために国の予算を用いることができず、EUでもこの問題についていまだに議論が続いていますが、イギリスの研究者は新たなヒト胚幹細胞株の作製に政府の資金を利用することが認められています。ヒト胚幹細胞は、理論上は人体のあらゆる細胞に成長可能であるとされていますが、反面で、受精後1週間程度のヒトの胚から取り出されるために議論を呼んでいるのも事実です。「イギリスの研究者はいまや世界で最も優位に立っているので、この有利な立場を最大限活かさなければならない」と医学研究協議会のラッダ会長は述べています。千載一遇のチャンスというところでしょうか。  
   
   イギリスでは、研究者が新たな胚幹細胞株を作製しようとする場合は、国のHuman Fertilisation and Embryology Authority(ヒト人工授精・発生学庁)の認可を受ける必要があり、認可条件の一つとして作製した細胞株を幹細胞バンクに預けることが義務づけられています。これ以外にも、「幹細胞バンクは世界中に現存する幹細胞株の所有者に株を提供するように積極的に働きかけ、細胞株の提供者とはケースバイケースで知的所有権関係の契約を結ぶ用意がある」とラッダ会長。  
   
   現在、独立の運営委員会が幹細胞バンクの詳細な運営ルールや倫理規定を立案中で、この倫理規定を遵守することを条件に、世界中の研究者に細胞株を提供することを予定しています。学術研究目的の場合は、多少の提供料の負担を要請し、「細胞株を商業研究に用いる場合には、相応の料金を徴収してバンクの運営費に当てたい」そうです。