1型糖尿病のモデルマウスがひ(脾)臓細胞の投与 により完璧に治癒したことを、ハーバード大学医学部のファウツマンさんたちのグループがSCIENCE誌(2003年11月14日)に発表しました。

 1型糖尿病は、自己の免疫系が自己の細胞を「他者」とみなして攻撃することから生じる自己免疫疾患の一つです(※1)。小児期から思春期にかけて発症することから、若年性糖尿病とも言われています。
 この病気では、インスリンを分泌するすい(膵)臓のβ細胞が自己の免疫系から攻撃を受けます。インスリンは、血液中の糖を細胞に吸収させ、血糖値(血液中の糖の量)を下げる働きをもっているホルモンで、その分泌が減ると、血液中の糖は増え、細胞中の糖は不足します。この状態が続くと、細胞は生命活動を維持できなくなるので、さまざまな臓器障害、失明や足の壊死がもたらされることになります。そこで患者さんは、自分でインスリンを注射して血糖値を調節しています。
 1型糖尿病を治療するために、すい臓移植などさまざまな試みが行われていますが、有効治療法はまだ見つかっていません。
 


 
   今回、1型糖尿病を治す手段として、ファウツマンさんたちのグループが着目したのは、ひ臓細胞です。彼らは、ひ臓細胞とCFA(※2)という物質を1型糖尿病のモデルマウスに投与すると、すい臓にインスリンを分泌する新たなβ細胞が生まれることを発見しました。そして、驚くべきことに、これらのβ細胞は、投与したひ臓細胞から再生したものでした。

 今回のファウツマンさんたちの発見は、2年前の彼らの発見に端を発します。
 2年前(2001年)、彼らは、CFAの投与の下、1型糖尿病のモデルマウスのじん(腎)臓の被膜下に、すい臓細胞を移植する実験を行いました(※3)。 この際、拒絶反応を避けるため、ドナーのすい臓細胞には、レシピエント(移植を受ける側)のクラス1MHC(※4)を提示するよう操作がなされました。当初、ファウツマンさんたちは、移植したドナーのすい臓細胞によってインスリンが分泌されることを期待していました。しかし、期待通りにはいかず、ドナーの細胞は最終的に消失してしまいました。
 ところが、このとき予期せぬことが起こりました。なんと、もともと機能が低下していたシピエントのβ細胞からインスリンの分泌が始まり、血糖が正常に保たれるようになったのです。
 ファウツマンさんたちは、この結果を、CFAの作用と、ドナーの細胞が提示したレシピエントのクラス1MHC分子との相乗効果によるものと考えました。つまり、前者が自己反応性のT細胞を排除し、後者が、免疫系を “(自己を正常に認識できるように)再教育”して、その結果β細胞が再生可能となる環境が生まれたのではないか、と考えたのです。
 さらに、彼らは、すい臓細胞を移植する代わりに、1型糖尿病のモデルマウスにCFAとひ臓細胞を投与する実験も行いました(※5)。すると、この場合にも、すい臓に新たにβ細胞が再生しインスリンが分泌されることが確認されました。
 当時、この発見は次代の糖尿病治療につながるとして、大きな話題になりましたが、ひ臓細胞の働きについては、免疫系を正常にしたのだろうくらいにしか考えられていませんでした。
 そして、二年後の今、ひ臓細胞の驚くべき働きが明らかになったのです。

 今回、ファウツマンさんたちは、CFAとひ臓細胞の投与によって再生してきたβ細胞の由来を明らかにしようと考えました。彼らが行った実験は次のようなものです。
 メスの1型糖尿病のモデルマウスに、CFAとオスマウスのひ臓細胞を投与します(ここで、メス・オスというのがポイントです)。すると、二年前の結果同様、メスのレシピエントのすい臓にβ細胞が再生し、インスリンも分泌されるようになりました。次に、この再生したβ細胞の由来を、性染色体をもとに調べました(※6)。すると、メスマウスの細胞の性染色体は本来XXのはずなのに、大半がXYであることがわかりました。これは、メスマウスのすい臓細胞に、オスのドナーの細胞が混じっていることを意味しています。投与したのはドナーのひ臓細胞のみなので、ドナーのひ臓細胞由来の細胞が、レシピエントのすい臓細胞になったとしか考えられません。他の器官では、血液やひ臓に少量のドナー由来の細胞が見つかっただけで、心臓や脳には見つかりませんでした。つまり、投与されたひ臓細胞は、機能が低下しているすい臓のβ細胞の再構築にのみ加わっていたのです。
 
     
 また、放射線照射によってダメージを与えたひ臓細胞をCFAとともに投与しても、インスリンは分泌されるようになり、血糖が正常にもどることがわかりました。しかし、この場合、ドナー由来のすい臓細胞は生まれていませんでした。これは、ドナーのひ臓細胞はレシピエントのすい臓に組み込まれなくても、レシピエントの免疫システムを正常にする働きがあり(クラス1MHC分子の作用によると考えられる)、また免疫システムさえ正常になれば、レシピエントのすい臓には内在的な再生能力がある、ということを示唆しています。

 今回の発見は、二つの可能性を示しています。
 一つは、機能的にあまり重視されてこなかったひ臓に、リンパ系と消化器系をつなぐ大切な役割があるかもしれないということです。リンパ系のひ臓細胞が消化器系のすい臓を治すのは、一見不思議なことのように思われます。しかし、まれにひ臓にすい臓細胞由来の腫瘍ができたり、その逆が起きたりします。またひ臓は、リンパ系器官でありながら、発生の過程で、胃と体腔壁をつなぐ胃間膜の中にできてきます。ひ臓とすい臓の間には何か特別な関係があるのかもしれません。
 二つ目は、もちろん、現在では治療困難な1型糖尿病の治療への可能性です。現在、世界で約1700万人の人が1型糖尿病に苦しんでいますが、ひ臓細胞とCFAの投与による治療が可能になれば、彼らが自分でインスリンを注射することも、現在実験的に行われているすい臓移植も不要になるかもしれません。もちろん今回の実験はマウスを使ったモデル実験なので、ヒトに応用できる保証はありません。ファウツマンさんたちは、今後、ヒトでの臨床試験を進めていくそうで、その結果が期待されます。

今回のSCIENCEの論文
Kodama S, Kuhtreiber W, Fujimura S, Dale EA, Faustman DL.
Islet regeneration during the reversal of autoimmune diabetes in NOD mice.
Science. 2003 Nov 14;302(5648):1223-7.

二年前のファウツマンさんたちの論文
Ryu S, Kodama S, Ryu K, Schoenfeld DA, Faustman DL.
Reversal of established autoimmune diabetes by restoration of endogenous beta cell function.
J Clin Invest. 2001 Jul;108(1):63-72.

二年前のファウツマンさんたちの論文の解説
Palmer JP.
Immunomodulatory therapy of human type 1 diabetes: lessons from the mouse.
J Clin Invest. 2001 Jul;108(1):31-3.