血液中には赤血球・白血球・血小板などさまざまな細胞があります。これら全てを作り出す親玉細胞が造血幹細胞で、そのほとんどが骨の内部にある骨髄にあることがわかっています(一部は、末梢血や臍帯血(※1)にも存在します)。造血幹細胞を利用した臨床治療の代表例として、白血病における骨髄移植があります。  


 
   造血幹細胞については、まだまだわからないことがたくさんあります。造血幹細胞が骨髄にあることは確かですが、骨髄内部での分布についてはほとんどわかっていません。また、造血幹細胞は血液中のさまざまな細胞に分化する場合と親玉細胞のまま分化しない場合がありますが、その仕組みについても不明です。
 幹細胞がたくさん存在し、その運命(分化するか、幹細胞として存在し続けるか)が決まる場所を、ニッチといいます。ニッチはいわば、幹細胞の「家」のようなものです。造血幹細胞の幹細胞としての性質については非常に多くのことが知られているのですが、幹細胞を支えるニッチについてはこれまで未知な部分がたくさんありました。

 10月23日発刊の科学雑誌ネイチャーに、造血幹細胞のニッチに関する論文が2つ同時に掲載されました。どちらも、骨芽細胞という骨を作る細胞が造血幹細胞のニッチの形成に関わると結論しています。

 この関係を見つけたのは、カンザス州のスタウアー研究所のザングさんたちのグループと、ハーバード大学とロチェスター大学のカルヴィさんたちのグループです。どちらのグループも、骨芽細胞の増加が造血幹細胞にどのような影響を与えるかを調べています。骨芽細胞を増やす方法は異なるものでしたが、結論はともに骨芽細胞の増加に応じて造血幹細胞も増えるというものでした。
 
     
●ザングさんたちのグループ
 ザングさんたちのグループが着目したのは、BMP(Bone Morphogenetic Protein)というタンパク質です。BMPは、胎児が骨を作る時に必要なタンパクで、骨形成を調節するシグナルとして働きます。一方、このシグナルを受け取るタンパク質をBMPレセプターと言います。ザングさんたちは、遺伝子を変異させることによって、このレセプターの働きを消失させたマウスをつくりました。このマウスでは、海綿質状の部分が骨端以外の部分にも認められ(通常、海綿質は骨端にしかない)、骨形成異常をきたしていました。しかも造血幹細胞の数は、通常の二倍近くに増えていました。
 
 

 
 彼らは、骨形成の異常が、どのように幹細胞数の増加と関係しているかを調べるわけですが、その前に、まず骨形成異常とBMPレセプターの変異との関係から調べ始めました。遺伝子工学の技術を駆使すると、変異したBMPレセプターをつくり出している細胞だけを緑色に蛍光発色させることができます。形成異常をきたした骨では、過剰に形成された海綿質状部分の縁にある骨芽細胞のみが、緑色に発色していました。つまり、これらの細胞だけが、変異したBMPレセプターをもっていたのです。また、この部分では、骨芽細胞の数が通常よりも3倍近く増え、骨の形成が盛んになっていることもわかりました。
 この実験により、BMPがBMPレセプターを介して骨芽細胞の数を調節していること、BMPシグナルを受け取れなかった骨芽細胞は異常に増殖して骨形成異常を引き起こすことがわかったのです(※2)。

 次に、ザングさんたちは、過剰に形成された海綿質状部分で造血幹細胞が増えているかどうかを調べました。幹細胞かどうかを調べる方法には、マーカー(※3)を使う方法や、放射線照射したマウスに調べたい骨髄細胞を移植し、その後の経過を観る方法など(※4)、さまざまなものがあります(※5)。これらを使って調べた結果、過剰に形成された海綿質状部分で、造血幹細胞が増えていることがわかりました。
 正常な骨でも、造血幹細胞は主に骨の海綿質に存在し、一部が骨内膜に存在することも、マーカーを使う実験から明らかになりました。

  幹細胞のマーカーと骨芽細胞のマーカーの両方を使いその関係を調べる実験も行われました。この実験からは、骨芽細胞(海綿質や骨内膜の表面に存在する紡錘型の細胞)と造血幹細胞が隣り合っていることが明らかになりました。これらは、NカドヘリンやBカテニンという細胞間接着タンパク質によってつながっていました。ザングさんたちは、これらの細胞間接着タンパク質が、幹細胞と骨芽細胞の連絡役を果たしているのではないかと考えています。下図は、ザングさんたちが提唱する造血幹細胞のニッチのモデルです。
 
 

 
     
●カルヴィさんたちのグループ
 カルヴィさんたちも、ザングさんたちと同じ結論に達したのですが、違う方法で骨芽細胞を増やしました。彼らが着目したのは、PTH(副甲状腺ホルモン)です。PTHは副甲状腺から分泌されるホルモンで、骨芽細胞のPTHレセプターに作用します。それによって骨芽細胞は活性化し、骨形成が促進します。カルヴィさんたちは、マウスのDNAを変化させることで、PTHレセプターを活性化状態に保ちました(通常はPTHが作用したときにだけ活性状態になります)。
 その結果、骨端部位での骨芽細胞の増加が観察されました。このとき同時に造血幹細胞が増えていることもさまざまな方法で確認しています(※6)。

 次に、彼らは、骨芽細胞の増加が造血幹細胞の増加につながっていることを示すための実験を試みました。常に活性状態にある骨芽細胞と骨髄細胞を試験管内で一緒に培養するのです。骨髄細胞の中には、造血幹細胞がほんの少し含まれています。結果は見事。骨髄細胞は通常以上に活発に増殖し、骨芽細胞が造血幹細胞の増殖に関係していることがわかりました。
 では、その関係をとりもつものは何か。彼らは、細胞間で交わされるシグナル伝達経路の一つ −ノッチ・パスウェイ− に注目しました。ノッチ・パスウェイは、さまざまな過程を通して、細胞の運命を調節しています。
 ノッチ・パスウェイには、Jag1というタンパク質がNotch1というタンパク質を活性化する過程があります。このJag1に対する蛍光抗体を使って、ノッチ・パスウェイの関与が調べられました。その結果、PTHレセプターが活性化したマウスには、通常よりも多くのJag1があるというだけでなく、それが骨芽細胞にあることもわかったのです。一方、Jag1によって活性化されるNotch1は造血幹細胞の中に存在しました(同様に、蛍光抗体を使いました)。さらに、ノッチ・パスウェイをγセクレターゼ阻害剤で遮断すると、骨芽細胞と造血幹細胞を一緒に培養しても、コロニーを形成しませんでした。
 以上のことから、PTHレセプターの活性化によって活性化した骨芽細胞は、ノッチ・パスウェイを通して造血幹細胞を活性化するというプロセスが明らかになったのです。

 また、カルヴィさんたちは、単純にPTH(副甲状腺ホルモン)の量を増やしたり減らしたりする実験も行いました。結果は、試験管内でも、マウスの生体内でも、PTHを投入すると、骨芽細胞が増え、造血幹細胞も増えるというものでした(PTHを減らせば、逆の結果になりました)。PTHで造血幹細胞が増えるということになれば、臨床治療に大きな意味がありそうです。現在、PTHは、骨芽細胞を増やし、骨形成を促進することから、骨粗鬆症の治療などに用いられていますが、今回の発見をきっかけに、骨髄移植後に幹細胞を増やすものとしても用いられるようになるかもしれません。また、臍帯血にほんの少しだけ存在する幹細胞を増やすのにも有効かもしれません。カルヴィさんたちは、PTHが造血幹細胞を増やす目的で使えるかどうかを、今後、臨床試験で確認していくそうです。

 下図は、今回カルヴィさんたちのグループが提唱する造血幹細胞のニッチのモデルです。
 
   
   
   今回二つのグループが明らかにした造血幹細胞のニッチのモデルをまとめると、下のようになります。  
   
   
   今回の2つの論文により、今までほとんどわかっていなかった造血幹細胞のニッチについて、かなりのことが明らかになりました。皮膚や消化管の幹細胞のニッチほど正確にはわかっているわけではありませんが(この二つは、元々の組織構造がニッチの探索を容易にしているのです)、少なくとも骨芽細胞が造血幹細胞に何らかの働きかけをしていることは確かです。今後は、骨芽細胞がどのようにして造血幹細胞を調節しているのか、その分子機構の解明に焦点が絞られていくことでしょう(今回、Nカドヘリン・βカテニンなどの細胞間接着やノッチ・パスウェイの関与が指摘されました)。また、造血幹細胞を増やすための、PTHを使った臨床治療についても注目されます。  
     
(ネイチャー誌掲載論文)
  Lemischka IR, Moore KA (2003). Stem cells: Interactive niches. Nature 425:778.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=14574394&dopt=Abstract

  Zhang J, Niu C, Ye L, Huang H, He X, Tong WG, Ross J, Haug J, Johnson T, Feng JQ, Harris S, Wiedemann LM, Mishina Y, Li L (2003). Identification of the haematopoietic stem cell niche and control of the niche size. Nature 425:836.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=14574685&dopt=Abstract

  Calvi LM, Adams GB, Weibrecht KW, Weber JM, Olson DP, Knight MC, Martin RP, Schipani E, Divieti P, Bringhurst FR, Milner LA, Kronenberg HM, Scadden DT (2003). Osteoblastic cells regulate the haematopoietic stem cell niche. Nature 425:841.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=14574413&dopt=Abstract